当世損調事情

本人証言ナシで過失100%

                                                                                                                      杉野 晴夫


 信号のある交差点で起きた事故である。

 契約者のM子さんが運転する自家用自動車が、交差点を左から飛び出してきた主婦のSさんをはねた。Sさんは重傷。意識不明で病院に運ばれた。

 M子さんの後続車の運転者の証言によれば、「M子さんの車が交差点に進入した直後に信号が黄に変わった」という。つまり被害者のSさんは赤信号で横断しようとしたことになる。

 

わたしは被害者と会う前に、念には念を入れて警察での事情調査を行った。やはり、Sさんの信号無視という事実は覆せないようだった。このようなケースは判例でもあきらかだが、特段の事情がないかぎり被害者側の過失は100%である。つまり任意保険の対象にはならないというわけだ。 

被害者サイドにそのことを伝えるべく、Sさんが入院している病院に出かけた。Sさんはまだ意識不明だったので、付き添いの家族に説明した。もちろん、家族からは猛烈な反発を受けた。任意保険の対象ではないから十分な補償にはならなくても、自賠責保険で支払いを受けられることを伝えて宥めたのだが、先方の怒りは収まらない。 

「だいたい、本人がまだ意識不明で事故について語れないんですよ。本人に説明もさせないで100%過失だなどと一方的に断罪して失礼だ。欠席裁判じゃないですか」

 

わたしは言葉に詰まった。過失割合の判定については、自信がある。しかし、手順が問題だった。いわば、早く一件落着させたいためにあせってしまったのだ。会社内での件数処理の速さを競うシステムに知らず知らずにはまっている自分を発見したのだった。本人に事故の様相を聞けるようになるまで、我慢すべきだったろう。わたしはお詫びを言って病院を辞した。

 

2週間ほど後、本人が回復した。そこで、改めて事実関係を互いに確認しあい、自賠責保険適用で対応させてもらうことになった。予定通りの結果とは言え、わたしは、自分の軽率な行動への反省を噛みしめることとなった。同時に痛感したのは、被害者保護としての自賠責保険の大切さである。ホント、自賠責保険があってよかった。